2012年5月20日日曜日

言葉

言葉の綺麗なものが好きです。
重みがある人の言葉が好きです。

言葉の重みって、どういうとこから来るんだろうって考えると、
葛藤や苦しみを越えたところから発せられる事ではないかと思います。
私はマザーテレサの言葉が好きで、
なぜ彼女があそこまで心に響く言葉を言えるかといったら、
やはりそこには彼女が現実と対面している苦しみや、葛藤がそこにあるからだと。

マザーはクリスチャンで、神の教えに導かれるようにインドに赴き、
貧しい人の為に動き、誰にも看取られずに亡くなるであろう人を
何人も看取ってきた。
そこで発せられる、
「あなたには、意味があるのですよ」
という言葉が、どれだけその人を救ったのだろうか。

もし私がそんな言葉を誰かに言ったとしても、それは全くのエゴでしかない。
なぜならそこに、そう思わせるほどの経験がないから。

マザーは、敬虔なクリスチャンであるがゆえに、苦しむ人をたくさん目の前にして、
神は本当にいるのか?と疑い、葛藤した事もあるという。
苦しむ人を見れば見るほど、人を幸せに導くであろう神が、本当に存在するのかと
疑う心が募る。
その葛藤を持ちながら、更にはそこを越えたマザーの言葉だからこそ、
神を語る言葉に重みがある。

やたら善意の言葉を言う人が胡散臭いのは、
そこの基盤にその言葉と見合うほどの経験や苦しみから這い上がってきた物が
ないからだと思う。
(もしくは私が天邪鬼かwwwそっちのがでかいかな?)

自分はそうなりたくないから、そういう気持ちがボランティアやNGOへの関心へと
繋がっている気がする。
ま、その前に悪態ばかりついてるのをやめたらいいのだろうけどねww

0 件のコメント:

コメントを投稿