2015年9月20日日曜日

蒸しパン作り

蒸しパンの2回目。またリンゴで酵母をおこして、今度は本に書いてある分量から
自分で調節してやってみました。
デジタルの、0.5グラム単位で量れる秤を買って
(今まで目盛りの、しかも大雑把なものを見てざっくり量ってました・・・)
水の量以外は忠実に行った結果、
でけたーーー

なかなかじゃないですか!
か・・・かわいい・・・
いとしくていとしくてしょうがない・・・

生地を練っている時の気持ちよさが半端じゃなく、
丸くしておいといた時のフォルムの素晴らしさも半端ではなく、
蒸してふたを開けたときにちゃんとぷっくり膨らんでいるけなげな
姿も愛らしく、まったくもってかわいすぎる。


使ったのはオリーブオイル。本にはごま油と書いてあるけど、オリーブがあったので。
レモンを浸けたオリーブだったので、蒸した後もほんのり香りがレモン。

中を割ると、
ちゃんとスポンジ状に!
天然酵母だからなのか、蒸したてを割る時に、ちょっと力がいるので、
ふっくらしててもつぶれてしまいます。

銀紙をはずした裏側は
ちゃんと万遍なく気泡があるじゃなーい。

うん、われながらよくできた。



次は、ようやく普通のパンに入ります。

2015年9月13日日曜日

最近思うこと

これは完全に私の考え方の問題ですが、
言葉が行動に圧倒的に勝ってしまう、という事が嫌なんです。
良い言葉を言うけど行動が伴っていない、もしくは何も良いことなんかしていない、
そういう事が嫌なので、良い言葉を頻繁に言う人もあまり好きではなかったりします。
というよりは、そういう人の言う言葉の重みが無い、裏づけされていなくて
どこかで聞いたような言葉をつなげているだけという事が感じられてしまって、
嫌なだけなのかもしれません。

災害があって、祈りましょう、祈りましょう、という言葉を発するよりも、
かけつけて助ける人でありたいし、それができないならできる限りの募金をする
自分でありたい。

祈る事は大切な事かもしれないけど、それは心の中で自然と、知らないうちに
行っている事だと思うので、祈りますって表現することでもアピールすることでも
ないような気がしたり。
自分達が何もできない立場にいて、でもどうにか良い方向にいってほしい、
そういうときに、みんなで祈りましょう、と言葉にするのはいいと思う。
でもできることが山ほどあれば、まずそれをやればいいだけ。
そういう人の言葉は、薄っぺらいものにはならないから。



2015年9月6日日曜日

週末の近況

ナン作りを終了して、次は蒸しパンを作ったのだけど、
蒸しあがりはいいとして、出来上がったものを冷蔵庫に保管して
2日後に食べた時のまずさは、なかなかのものでした。
冷蔵庫で発酵してたんだろうか。
腐ってはいないけど、きつい発酵した感じの香り。
蒸しただけでは酵母は死なないのかね?

そんなショックも癒されぬまま、この週末は車をガンガン走らせ、
西は筑西市、南はつくば市、北は大子町と、茨城を走りぬきました。
東がなくね?と思うけども、それはさておき。

もう疲れたので、その時にとった写真の総まとめ。バレーボールも見たいからね。