2010年8月13日金曜日

面接対策講習

今日は、初めて面接対策講習なるものに行ってきた。
新入社員試験なるものにいったことがないので、そういう講習を受ける事も全くなかった。
なので、自分の面接が自己流なのか、それともちゃんとできているかどうかを見極めるために必要だと思い、申し込んでみた。
30人入る会場に、なんと3人。
この不景気時に3人!!!!!なぜだ!やはりお盆だからか?
でも無職にはお盆も何もないけれど?っていうかだからか!
まあいい、少ない方がいい。
自己アピールする内容の決め方とか、職の選び方とかそういうのもざっと教えてもらった後、面接のマナーをビデオで見た。
これがなかなか面白い。しゃべっている講師の人が、ほんとえどはるみそっくりで、マナー講師ってみんなこういう話し方になるのかなあ?と思いつつ見ていた。
ドアを開けて入る所から、最後ドアを閉めて出るまで。
結構私のやりかたに間違いがあった。
あーーーーだからかなあ?
それを発見できただけでも良かったてなもんだ。
そして家に帰ると郵便が一通。
会社名を見て、
・・・・あ、落ちた。。。
とわかる。
くーっ!ま、しょうがないか。職務経歴書タイピングミスしちゃってたしな。(あとから発覚)
でももっと早く結果出してくれればよかったのに!
書類出してから1か月かかってるし・・・
まあいいや。次いこ次ーー!

2010年8月10日火曜日

夏なので怪奇な話を

私が東京の中野で一人暮らししていたとあるマンション。
最上階(4階)で角部屋。
2方向に窓があり、実際の面積よりも広めに見える。
ワンルームで面積は25平方メートル。
家賃その当時で85000円。
約2年住んでいて友達も何人も泊りにきている。
ある時、部屋のドアをノックする音が聞こえた。
のぞき窓を見ても誰もいない。
なんだと思ってその時は気のせいだという事にした。
その後、数日経ったあと、夜寝ているといきなり水道が出だした。
めんどくせーなーと思いつつ、起きて蛇口を閉めた。
そこから30分後、今度はいきなりトイレがじゃーっと
流れ始めた。誰かが用を足したみたいに。
それも見に行ったけど何もなかった。
特に怖いという事も思わずそのまま寝た。
ある日には、夜3時にいきなり留守電がセットされるという事もあった。
寝ていると
「ただいま、留守にしております。ご用件の方は発信音の後にメッセージを入れてください。ピー」
留守電にしていないにも関わらず、もちろんどっかからかかってきたわけでもなく、留守電がセットされた。
その時は少しだけ怖かった。
その当時働いていた会社のボーリング大会でもらった景品のかっこうの鳥の置物があるのだけど、触ったり振ったりするとカッコーとなくそのカッコーが、夜中2時半にひとりでに鳴いた時もあった。
その時も別に怖くはなかった。
私が怖かったのは、そこで見たある夢である。
オウム真理教の幹部が刺された時、まだ亡くなっているかどうかもわからなく、刺されたという報道だけだったにもかかわらず、寝ているとすごく低い声で、
「村井は死んだよ。お前のおじいさんも死んだだろ?」
と聞こえてきた。
それが夜中2時半。そして、朝ニュースを見て村井幹部が亡くなったのも2時半。
おじいさんは半年前位に亡くなっているけど、それは何も関係はない。
あまりの恐さにはね起きたけどまだその声は覚えている。
ある時、友達が寝ている私を写真に撮った。
現像してびっくり。
寝ている私の向こうにある消えているテレビの画面に、男の人の青い顔がはっきり映っている。
現像したのがその家を引っ越した後だったので、
「お前かーーーー!!!」
と怖さよりも腹立つ思いだった。

霊的なものではなく、そこではちょっと嫌な経験もあった。
ある新聞の勧誘が来て、断ってドアを閉めようとすると、そこに足をはさみこみドアを閉められないようにされた。
腹がたって何すんだよという顔でにらんでも
「ほんと、お願いしますよー」
というだけ。ドアを閉めさせてもくれない。力ずくで足と手を使ってドアを何とか更に開こうとする。
もう、あんな勧誘やめてください。
あれから本当に嫌で嫌で、新聞の勧誘はドアはあけないようにしている。

2010年8月6日金曜日

荒川良々

辛くてやりたくない事に出会った時

例えば私だったら内視鏡検査をする時

またそれにおびえているめんどくさい期間

人見知りが激しいのに面接に行かなければいけない時

そこで自己アピールしてくださいと言われた時

もうどうにもこうにも嫌でしょうがなくて、

ナーバスになってる時に

もし、黄色の服着た荒川良々が

ふとみた遠くの窓越しの所で

親指を立てて「大丈夫さ!」という顔をしていてくれたら

なんか乗り越えられそうな気がする。

・・・ああ、私大丈夫だ。まだいける!・・・

多分そう思える。



まあ、カロリーメイトはあまり買う機会はありませんが。

2010年8月5日木曜日

ニュージーランド一人旅行Christchurch to Nelson

いきなりまたニュージーランド旅行の事を。

友達とのOamaru旅行から帰ってきてクライストチャーチのユースホステルで一泊。そして次の日から帰国するまで一人での旅行が始まる。

クライストチャーチを朝7時に出る高速バスでまずは前にも旅行記で書いたBlenheimへ。まだ薄暗い中ユースを出て歩いていると、渡ろうとしている横断歩道の向こう側に知っている顔が。

あー、これは私が妹のようにかわいがっているラブリーAちゃんじゃないか!そのAちゃんがまた更にラブリーな事を言う。

「来ちゃった♪」

もうなんてかわいいんだろう。まだバスも走ってないのに、30分かかる道のりを歩いて高速バスのバス停まで来てくれたのだ。それで少しだけ話して、私はバスに乗り出発。

座席から窓を通してAちゃんを見る。手を振ってくれている。

二度と会えないわけじゃないけど涙が出そうだ。かくして私の旅は始まった。

過ぎて行く外の景色を見ながら、約5カ月暮らしたクライストチャーチの生活を思い出す。

色々な所に行ったなあ。

色んな人と知り合ったなあ。

色んな国の人と話したなあ。

羊いっぱいいたなあ。

アルパカもいっぱいいたなあ。

ペンギンもアザラシもイルカも海岸で見られたなあ。

そんな中Aちゃんからメールが来る。

「もう泣きそうでした」

あー。。。嬉しいじゃないか。私も泣きそうだったよ。Aちゃん、毎日毎日何かに悩んでいる人だけど、ちゃんと一生懸命に前に進んでいける子だったなあ。残りのニュージーランド生活楽しんで無事に帰ってこいよ!

最初休憩で停車したのはこれまた前にも旅行記で書いたKaikoura。クジラの町です。でもそれ以上にイルカが見られる小さな港町です。

一人で喫茶店に入り、サンドイッチと紅茶を頼んだ。休憩時間は45分。ぼーーーっと外を見ながら過ごす。

そしてまた出発。
今度はそのままBlenheimへ。
その途中にピンクレイクという塩田の池がある。真っピンクの真四角の池がいくつか小高い場所にあるのはちょっと異様。
長い道のりブレナムまで約3時間。段々ブドウ畑が広がってくる。
ワイン工場も増えてくる。
ブレナムに着き、Nelson行きのバスに乗り換える。その時間1時間。
街まで行くにはちょっと遠いし、スーツケースもあるので、バス停でただ待つ事にした。
そしてネルソン行きのバスに乗り換えて出発。
今度は今までと違って山道だ。ずーっとずーっと延々山道を行く事2時間。Nelson到着!!!
そこではその日泊るホステルの人が迎えに来てくれていた。
友達がワーホリでここネルソンのリンゴ工場で働いており、そこで働く人のほとんどはそのホステルで共同生活しているとの事だった。
なので、その友達を訪ねて私も便乗してその部屋に泊らせてもらう予定。
ホステルの人はとても親切。
高速バスのバス停からずっと海沿いを10分ほど車でいったところにそのSurf hostelはある。
綺麗とは言い難いところだけれど、みんな仲良く暮らしている。
そこで、友達が仕事終わるまでの間待っていた。
正直いうと、ネルソンはアートの町だとかいうけれど、アートっぽさはあまり見かけられない。
朝市に行った事があるけれど、その際にちょっとステンドグラスで作ったものを売っていたり絵を売っていありする程度。私はまだちゃんと楽しめていないのかもしれない。
とりあえずそのネルソンで2泊。

2010年8月4日水曜日

Excel

今日パソコン教室に行った。
ほんと、びっくりする。
私今までどれだけのエクセルの機能を使用していなかったのか!!!
なんだー便利じゃないか!
何事も勉強はしてみるもんだ!

昨日無料体験だったんだけど、学校自体はいいんだけど、
そこはDVD見ながら自習するような形の所で、
それも別に問題ないんだけど、
ただ・・・
ただね、
DVDに出てくるその講師が・・・
生理的に無理。
それを理由に他にいくのはちょっとわがままだなと思って、
そこに入ったけど、
今日改めて思った。
・・・画面見るのが辛い・・・
いや、見られる事は見られる。けれど、なんかこう、もう少し普通の当たり障りのない感じの人が良かったなー、勉強に励めるなーと思った。
慣れるかな。
その講師も一生懸命にやっているし(DVD上は)。
人を外見や話し方で判断してはいけない!
少なくともこの人は私よりも数百倍パソコンを熟知しているのだから!
尊敬に値するのだぞ!!!

・・・早く慣れよう。頑張ろう・・・

2010年8月2日月曜日

就職(バイトも含む)活動

のらーりくらりと職を探している。
なんだかんだで、やっぱ働くのならパソコンのスキルがないと
なかなか難しいと判明。
そりゃワードはできますよ?でもエクセルの関数まではできんとです。
足し算のSUMどまりなのです。
別に事務やりたいってわけではないんだけど、こういうスキル持ってたら働く分野も広がるかなあと思って、パソコン教室に通おうかと思っている。
英会話は通った事あるけど、パソコンは初めて。
調べてみると英会話学校より受講料は安い。なんか得した気分。
やりたい事決まってない時はスキルを上げる努力をするしかない。
だから、受講料を稼ぐ為に短期バイトも視野に入れて探してみよーーーっと。

2010年8月1日日曜日

入院記録⑨~祝退院!!~

そう!いよいよ退院間近!
ああ、東京からわざわざお見舞いに来ていただいたたくさんの友よ!
メールで励ましの言葉をくれたともよ!
既に退職したところの仕事の依頼(知り合いに協力してくれるかどうかあたってくれという内容)のメールを入院しているの知ってるくせにくれた昔の先輩よ!(結局、無理ですと返答したけれど)
皆さま帰ってまいります!
どうもありがとう!
最後の尿の管を抜いて終わりっていう。
素敵だ。この管が私の行動範囲を狭めていたので(っていっても病院内だけだけど)なくなったら羽が生えるのではないかと思った。
当日の回診で、先生が病室の前で看護師さんに尋ねている。
「ここの人の状況は?」
「○○さん、あさって退院です。○○さん、検査はこう出てます。」
「うん」
「Yattyさん、本日管を抜きます」
「わかってるよ(冷)」
ああ。。。相変わらず怖い先生。もちろん回診の言葉も、
「今日抜きますからね。何か異常ないですよね」
あっても言ってくんな的な雰囲気を120%出しながら質問してきた。
この先生、とってもいい先生でとっても感謝しているけれど、冷たい雰囲気が常に流れている。患者のおじいさんも、
「○○先生の回診は速いんだぁ」
と言いながら歩いていた。1室(4人)1分かかってないんじゃないだろうか。
まあ、それはおいといて、やっと管がとれるー!前回内視鏡の手術した時、とるのがちょっと痛かったけど、我慢できない痛さではなかった。今回はレントゲンで膀胱で漏れがないかを確認しながらとるとの事だった。名前が呼ばれ、それ専用のレントゲン室に移動する。薬品を扱うせいか、先生はかわいい迷彩柄のとても小さいエプロンをしていて、思わず頭の中だけで大爆笑だった。
ププ・・・あんなに怖い先生なのにカフェテリアの店員みたい・・・
笑いたいのをぐっとこらえ、どうして迷彩のエプロンなのかを聞いてみたら、
「別に意味ないです。ラメだってありますよ」
病院にラメのエプロンがあるとは知らんかった!!みんなで持ち寄ったんだなあ・・と思うと、かなり大きい病院なのに悲しく、でも家庭的な感じを受けた。
造影剤を管から膀胱に入れながら画像を見る。
よし!異常なし!
「じゃあ抜きますね」
ヤッターーー!力を入れると痛く感じるので、力を抜いた。・・・でも
「イターーーーーーいぃぃぃ!!!!」
女性の尿道は1センチ幅位?でもそこからまるで5センチのものが出てきた感じの痛さ!!!
痛さで座れない、トイレも怖い。でも造影剤入ってるからトイレに行って来いという。
バツか。。。エプロン笑ったバツか・・・
トイレに行ったら、ものすごい擦り傷のある場所から用を足しているような痛さ。
排尿痛には慣れていた私だったが、こんな痛さもあるのかとまた物知りになった。
前に隣のベッドにいたかわいい90歳のおばあさんが、看護婦に話していた、
「もう、おトイレに行くときとびあがっちゃう位痛いの」
これか・・・・・
前の内視鏡での手術の時は3日しか挿入してなかったけど、今回は2週間だったのでそのせいかもしれない。
ほんと、ごめんなさい。体よ。
そして、病室に帰り、水をとにかく飲んで何度も用をたすことで慣れようと思った。
あの、排尿時の膀胱がぐーっっっと縮まる痛みも重なり、なかなかの困難だ。でも病気が最高潮に悪かった時ほどの辛さはない。あの時は、痛さのあまりうずくまり、太ももをひっぱたきながら耐えなければいけないほどだったのだから。
でもこれで終わり!!!あとは経過観察だけだぜーーー!
先生から宿命と言われた膀胱鏡をし続けなければいけないのは地獄だが、でもこの辛さに耐えられたのだからだいじょーぶ!!!きっと前よりたやすくなってるはずだ!