「私たちは普通の子供と変わりないわ。ただちょっとだけ大変な事を経験しているだけよ」
エストニアで相撲を習う、孤児院で育つ少女の言葉。
2歳で親に見放され、孤児院で育ってきた少女にとって、相撲を習いに通う事が、生きがいになっている。
でもね、必ずその経験は彼女を強くしているから、もちろんいい事だとは言わないけど、
それを乗り越えた時に、とても大きな物を心に手に入れているから、
彼女がどのような大人になり、どのような道に進むのかを見てみたいと思う。
多かれ少なかれ、人は色々経験してくるものだけど、
障害が大きければ大きいほど、そこで感じれば感じるほど、
人間は強く深くなるものだと思う。
頭で考えても到底及ぶものではなくて、
経験だけが人に深みを与えるものだと思う。
とても崇高な助言があったとしても、それでも及ばない何かが
経験の中には潜んでいる。
昔、とある俳優さんに仕事でお会いした。若い時は非常に悪い人間だったと語るA氏。
そこから色んな大人との確執や、壁にぶつかってぶつかって、このままではいけないと感じた時に劇団に入ったのだそうだ。
そこでこてんぱんに打ちのめされた。
今までは、何か文句を言われても殴っちまえばいいやと思っていたところを、
ぐっとこらえるようになった。殴ってしまえばそこで自分の成長は終わる。それを知った。
10年かけて、性格を直したというA氏。
「10年ですか。。。」というと、
「やっぱり根本的に直そうとしたら、それぐらいはかかってしまうね」
と言った。
10年かけてやり直す、その凄味が氏からはいつも漂っていた。
とある番組で、ある作家が号泣した。それは男性B氏を特集したもので、
「死ぬ時は作家として死にたい」という目標を掲げ、余命のある男性はひたすら文を書き続けた。
そのB氏が夢を果たし、そして亡くなった。
生前の放送の時にゲストで招かれた芸能人達は、すごいとか、感動すると言って男性をたたえていた。
亡くなった後の放送で、号泣した作家は言った。
「お前らは、B氏の事をあんなに応援するとか言っておきながら、葬儀の時に花さえ出さなかったじゃないか!Aさんだけ、ちゃんと花はあったけど。。でも、俺はもっとひどい。俺は、Bさんがこの前ここに来た時に、また会おうって、、そんな事無理だってわかってたのに、また会おうって、俺は、嘘をついた」
そう言いながら泣きじゃくった。
そこでA氏はその作家に言った。
「○○(作家の名前)、それは嘘じゃないよ。希望だよ」
私はこの放送を見て、A氏が心底から闘ってきた人だってわかった。
この作家は、とてつもなく純粋で、普通なら表裏のある世の中に迎合していくところを、
そこにちゃんと矛盾を見出していける人だった。
その作家に対し、言葉を返す事ができたのは、あの場ではA氏だけだったろう。
なぜなら、A氏だけがその作家の心をちゃんとわかってあげられていたのだから。
心を曲げてしまえば、ここでこの作家のように傷つく事もなかっただろう。
純粋や、まっすぐである事は、心を余計に傷つけてしまう事かもしれない。
だけど、傷ついた人を助けよう、理解しようとしたら、そういう心の人しか無理なんだと思う。
自分や世間、周りのあらゆるものと戦って、それを乗り越えてきたA氏だからこそ、
ここであのような言葉が出て、作家を少なからずも救う事ができたのだと思う。
大きなできごとも、ひどい経験も、いずれは自分の糧となる事はほとんどの人が知っている。
その渦中にいるときは、そんな事がわかっていたって苦しいものだけど、
それでも無いよりはよかったと、後からちゃんとそう思える。
自分も、そうでありたいよね。
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